休みをどう使うかで変わるもの
休みの日をどのように過ごすのかという選び方は、その後の仕事の中身にまで静かに効いてくるものです。ただ体を休めるだけで一日を終えてしまうのは、この仕事にとって少しもったいないようにも思われます。
休みの日というのは、日々の厨房では手が回らないことに時間を使える貴重な機会になっています。読みたかったものを開いたり、気になっていた場所へ足を運んだりすることのできる、たいへん貴重な時間です。
厨房から一度離れてみると、日々の仕事の全体像がかえって思いのほかよく見えてくることがあります。近くにいるうちはまるで気づけなかった癖や偏りが、距離を取ることで静かに浮かび上がってきます。
とはいえ、これは体を休めることそのものを軽んじてよいという話ではもちろんまったくありません。体を休める時間はきちんと確保したうえで、残った時間をどのように使うのかという話になります。
外へ出て受け取ってくるもの
休みの日に外へ出て人の作ったものに触れる時間は、そのまま自分の中の確かな蓄えになっていきます。同じ職を選んだほかの人の仕事をじっくり見ていると、学べることが必ず思いのほか多く見つかります。
食にまったく関わらない場所へ出かけてみることにも、思いがけない実りがあるように感じられます。まったく別の分野での見せ方や組み立て方が、そのまま自分の仕事の参考になることも少なくありません。
休みの日に家族や友人と過ごす時間もまた、仕事の外にある景色を思い出させてくれる大切な機会になります。誰のために作っているのかというあの感覚が、そこでもう一度自分の中に静かに立ち戻ってきます。
専門学校で学んだ資格に向けた知識を、休みの日に一度あらためて読み返してみるのもよい過ごし方です。料理人として長く働けば働くほど、そうした基礎に立ち戻る時間の値打ちが分かってくるようになります。
まとめ
休みの日をただ体を休めるだけで終わらせてしまうのは、この仕事にとって少しもったいないように思われます。体を休める時間をきちんと確保したうえで、残りをどう使うのかによって、その後の仕事の厚みが変わってきます。
外へ出て人の仕事に触れ、まったく別の分野の景色を見てくるということが、そのまま蓄えになっていってくれます。厨房から一度離れて距離を取ってみることによって、日々の仕事の全体像が見えやすくなるという利点もあります。
休みは仕事の反対側にあるものではなく、むしろ日々の仕事を支えるもう一つの時間だと考えることもできそうです。その時間を自分なりに丁寧に選び取ってきた人ほど、その後の厨房での日々に深みが増していくのだと思われます。