片手間で作ってしまうことの損
賄いは日々の中で当たり前のように作られるため、片手間で済ませてしまいがちな仕事になります。ところがその一食こそ、自分の考えで自由に試すことのできる数少ない場になっているのだと言えます。
献立を決めるところから任されるという点は、ほかの仕事にはない賄いならではの大きな特徴です。限られた材料の中で献立を組み立てるという訓練は、日々の仕事の中ではそうそう得がたいものです。
手を抜いて作ってしまった賄いは、食べる側の仲間にも不思議とそのまま伝わってしまうものです。同じ厨房で働く人の目は日ごろから思っている以上に厳しく、盛り付けや細部の作りまでよく見ています。
せっかく任された機会をただ流してしまうと、腕を試すことのできる場を自分から手放すことになります。回ってくる回数は思いのほか限られており、その一度ずつが貴重な機会になっているのだと言えそうです。
賄いを学びの場に変える工夫
賄いを学びの場に変えるには、その日ごとに一つだけ狙いを決めておくと取り組みやすくなります。切り方をそろえることでも味の重ね方でも構わず、狙いが一つあるだけで後から振り返りやすくなります。
余っている材料をどう使い切るかという工夫は、そのまま店の仕事にも生きてくることになります。使い道を考える力というのは、頭で学ぶよりも実際に手を動かして身につけるほうが早いようです。
食べた仲間からその場で率直な感想を聞けるという点も、賄いならではの大きな利点になってくれます。率直な言葉をその場でもらえるという機会は、厨房で働く日々の中ではそう多くはないと言えそうです。
専門学校で学んだ資格に向けた知識は、限られた材料をうまく組み立てるときの支えになってくれます。料理人として献立を考える力は、こうした日々の小さな場面で少しずつ育っていくものだと思われます。
まとめ
賄いを片手間で作ってしまうということは、腕を試せる貴重な機会を自分から手放してしまうことにつながります。一食のうちに献立づくりから仕上げまでがすべて詰まっている場は、日々の仕事の中でほかにそう多くはありません。
狙いを一つ決めて取り組み、食べた仲間の言葉を受け取るという形にすれば、賄いは確かな学びの場へと変わっていきます。余りものを生かす工夫も含めて、そこで身につくものは店の日々の仕事へ必ずそのまま返っていくことになります。
毎日のように巡ってくる小さな機会をどう扱うかで、数年後の腕前には確かな差が生まれてくることになります。当たり前の一食を丁寧に作れる人が、結局のところ大きな仕事も任されるようになっていくのだろうと思われます。