同じ味を保つという仕事
看板として長く出し続けている一皿ほど、同じ味を保ち続けること自体が難しい仕事になっていきます。使う材料は季節ごとに少しずつ動いていき、作る人の手もどうしても年ごとに変わっていくからです。
同じに保つためには、実のところ変えないための細かな調整を絶えず加え続けなければなりません。何もしないままでいると、味そのものがいつのまにか少しずつ静かに動いていってしまうことになります。
その日々の調整は外からはまるで見えにくく、食べる側からすればいつも同じ味として届くことになります。見えないところで絶えず手を入れ続けているというその点にこそ、この仕事の面白さと奥深さがあります。
同じものを長く作り続けていると、飽きが来るのではないかと人から尋ねられることも実際によくあります。実際には毎回わずかずつ違っているため、同じ日は一度もないというのが作り手としての正直な実感です。
変えたときに起きたこと
以前に一度だけ、思い切って組み立てを変えてみたことがあり、そのときのことは今でもよく覚えています。新しい形のほうが良いはずだと自分では考えたうえでの判断でしたが、受け取られ方はまるで違っていました。
長く通ってくださっていた方から、以前の形のほうが好きだったと静かに伝えられたことがありました。変えるということの重さを、そのとき初めて身をもって知ったのだと、いま振り返って思っています。
その後は、変えるときには必ず小さく試し、周りへ伝えたうえで進めるという形を取るようになりました。悔いとして残ったのはあのとき変えたこと自体ではなく、伝える手順を飛ばしてしまったことのほうでした。
専門学校で学んだ資格に向けた知識は、味の設計を言葉にしていくときに、いまでも大いに役立ってくれます。料理人として何を守り何を動かすのかということを、自分の中で筋道立てて考えられるようになります。
まとめ
同じ一皿を長く出し続けるというこの仕事には、変えないための絶え間ない調整が必要になってくることになります。見えないところで手を入れ続けているからこそ、いつもと変わらない味として届けられているのだと言えそうです。
変えるという判断そのものが誤りだったわけではなく、伝える手順を省いてしまったことが悔いとして残りました。あのときも小さく試し、言葉を添えたうえで進めていれば、受け取られ方はきっと違っていたのだろうと思われます。
守ることと変えることは対立しているようでいて、実際のところこの二つは同じ一つの営みの表と裏になっています。その両方を丁寧に扱えるようになったとき、看板の一皿はきっといっそう強いものになっていくのだと感じられます。