顔が浮かぶときに変わるもの
同じ手順で作っていても、その皿を待つ人の顔が浮かんだ瞬間に、手つきが静かに変わることがあります。塩の当て方や火を止める間合いが、ほんのわずかに動くという程度の、傍からは見えない小さな違いです。
それでも仕上がりには確かな差が生まれ、受け取った側にもその違いが伝わっていくように感じられます。誰に向けて作っているのかという意識が、細部への注意を自然と引き上げてくれることになるからです。
常連の好みを覚えていると、注文を受けたその時点で手の運び方がおのずと決まってくることになります。その人が前回どこを残したのかという記憶が、今日の一皿の細かな調整につながっていくことになります。
初めて訪れた客であっても、席での様子や注文の組み立てから、思い浮かべられることは数多くあります。急いでいるのか、それともゆっくり過ごしたいのかによって、皿を出す間合いも変わってくるものです。
思い浮かべるための手がかり
顔を思い浮かべるための手がかりは、実は厨房の中だけではなく、店の全体から少しずつ集まってきます。給仕をする人が受け取った短い一言が、そのまま厨房での調理の判断を思いがけず助けてくれます。
だからこそ、店の中で交わされる短いやり取りを、一つずつ丁寧に拾っておきたいところになってきます。伝えられた一言をその日のうちに書き留めておけば、次に来られたときにそのまま生きてくることになります。
皿を下げるときの残り方もまた、言葉にはならない静かな手がかりとして受け取ることができます。何がどう残ったのかを見ておくと、次に出すときの組み立てが確かに変わってくることになります。
専門学校で学んだ資格に向けた知識や技術は、こうした細かな調整を支える土台になってくれます。料理人として長く働けば働くほど、その土台の上に一人ひとりの記憶が少しずつ積み重なっていきます。
まとめ
待っている人の顔が浮かんだその瞬間にしか生まれない手つきというものが、どうやら確かにあるように感じられます。それはおそらく技術の高さとは別のところにあり、誰に向けて作っているのかという意識から生まれてくるものです。
手がかりは店の中のいたるところに落ちており、それを拾おうとする構えがあるかどうかで見え方が大きく変わります。給仕の一言や残された皿の様子を丁寧に受け取っていくと、思い浮かべられる幅が少しずつ確かに広がっていきます。
顔を思い浮かべながら作り上げた一皿は、作り手の側にもその日の確かな手応えを残してくれることになります。その手応えを一つずつ積み重ねていくということが、この仕事を続けるうえでの静かな支えになっているようです。